20年前

その日、明確に何をしてたかは覚えていない。

朝、家でどこかに出かける支度中、テレビで倒れた高速道路の映像を見ていた。

芝居を始めてまだ6年目。

インターネットなくも携帯すら持っていない頃で、新聞やテレビのニュースをただ見て、唖然としていた。

16年後の2011年東日本大震災の時は東京で公演中だった。大阪の劇団だったので、阪神の経験から、こういう時こそ芝居を打つべし、という判断で当日も5人のお客様の前で上演した。

その後原発が吹き飛び、電力不足からの計画停電、とにかく節電!という空気の中で、最大限の配慮しつつ公演を続けたが、その翌週からの大阪公演で、東西の空気の違いにとても戸惑った。

公演が終わって帰ってきた東京でも更に空気が違って戸惑った。

16年前、自分も無関心ではなかったが、何をしていいか分からなかった。関西演劇人は当時、東京に来てやはり温度差を感じたという。

距離や時間や、
さらに大きな災疫の有無
そういうことに関係なく
忘れちゃいけないことがある。

また
忘れてしまう
関心を失うのは人間の
持っている強さでもあるから、
それを踏まえた上で、
文化はさらに語り継ぐ必要がある。

震災のことも
戦争のことも
いいことも
悪いことも

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